秋の庭




   秋の庭 〜 doctors

 夕刻、帰宅してきた植木屋平五郎は、自家の門前に客人の姿があるのを見とめた。
 痩せぎすの中年男が、人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。見覚えのある男だった。
「こんにちは」
 眉間に常より深い皺を刻んだ平五郎が近づくと、男は丁重に頭を下げた。
「今日は、中元のご挨拶に」
「そうか」
 「ご丁寧に、ありがたい」。そういう意味のことを言おうとして言葉を探す。沈黙が続く。その間、男は平五郎の顔を辛抱強く見ていた。
「つらいお仕事でしたね」
 一瞬、何か問いたげな表情を見せたが、すぐに眉を顰めた渋面に戻った。それでも、どうにか口を開き、訥々と言葉をこぼし始めた。
「もう随分と年を経た、松の老木だった。何年か前から弱ってきていて……」
 時折語句を区切りながら、ゆっくりと話を継いでいく。
「天寿だったと、思うんだがな」
 南部は、この老翁としては椿事といってよい程長い言葉を、じっと黙って聞いていた。

 その後再び黙り込んでしまった平五郎は、口をきかぬまま、手振りだけで南部を庭に招き入れた。二人は納屋の濡れ縁に腰掛けた。
 時候は初秋。まだ残暑が続いているものの、夕方ともなるとさすがに涼しい風が吹いてくる。
 庭では、早咲きの秋の花が従容として風にそよいでいる。女郎花、藤袴、刈萱、吾亦紅。種々の秋草が見事な前栽に仕立てられていた。
 平五郎が預かっていた青年――沖田総司が死んでから、一月と半ばが過ぎた。
 沖田は労咳を病んでいた。南部の師である松本良順が沖田を診ていたが、松本が奥羽の戦場に赴くことになったために、身を隠すように平五郎の許に身を寄せた。既に死を待つばかりの状態で平五郎に預けられ、彼の家で死んでいった。
 僧侶を呼んで戒名を付け、経を上げ、辛うじて葬儀らしい体裁を整えてやった。平五郎と女中のヤスと南部の三人が、それに参列した。
 身内も知り人も、みな戦地に出てしまっていたので、南部が代わって遺品を整理し、預かっていた。遺品といっても、刀と僅かばかりの衣類の他は何も無い。大事そうに持っていた手紙の類は、棺に納めて焼いた。他の手回りの品はみな借り物だった。
 今彼らが腰掛けている納屋に、沖田がいた。かつて沖田も、ここからこの庭を眺めていたのだろうか。そんな感傷が、南部の胸裡を過った。
 あの黄色い花は女郎花。あっちの赤い丸っこいのは吾亦紅。乏しい野花の知識をかき集めて、知る限りの花の名前を挙げてみた。名の分かるものも分からぬものも、みなそれぞれに美しい。沖田が常に戸口を開け放っていたのは、ただ松本の指示によるばかりではなかったのだろう。
「貴船菊の花が咲いたよ」
 平五郎の指差す方を見た。そこには確かに、南部も知る秋の花が二つ三つと咲いていた。
 ほのかな薄紅色に染まった花弁に、蕾の重みにも耐えられなさそうな細い茎。だがその頼りなげな風情とは裏腹に、元来野の花であるだけあって丈夫で、株と株の境目が分からなくなる程盛んに生い茂っている。
「あの人が植えたものだ」
 平五郎の顔が歪んだ。
「なぜ、夏の花にしなかったんだろうな」
 植え付けの時季が合っていた。丈夫で誰にでも育てられる。姿かたちが可憐で優しい……口に出したところで何の慰めにもならない。分かっていたから、南部は沈黙した。
 ――“お医者さん”って、つらいお仕事ですねぇ。
 師から聞かされた沖田の言葉を思い出す。
 辛かったはずだ。死にゆく者を救えぬ医師も、その思いを分かってしまえた患者も。
 貴船菊の強靭な生命力には、あるいは、沖田に与えた仕事が辛いものとならぬようにという平五郎の願いが込められていたのかもしれない。か細い茎が風にそよぐのを見つめながら、ふとそんなことを考えた。

 貴船菊が凋れた。六の花の季節が過ぎた。また梅の花が咲いた。
 桜の開花を待つことなく、植木屋平五郎は死去した。世話する者とて無くなった庭は、程無く荒れ果ててしまったことだろう。ひときわ丈夫な貴船菊だけは、あるいはその後もしばらく、凋落の庭の片隅でひっそりと花を咲かせ続けていたかもしれない。
 いずれにせよ、現在の千駄ヶ谷に花の庭の遺らぬことだけは確かである。




 『PEACE MAKER 鐵』再開記念やり逃げSP第3弾、同企画のラストです。
 「花の庭」の続編、というよりおまけのようなものです。ちなみに、以前書いた「Sylphide」も同作の後日談です。
 オリキャラと事実上のオリキャラだけが跳梁跋扈している本作、二次創作としてどうなんだろう?






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