another despair




 動乱の一夜が明けた。既に空は白みきっている。
 伊東甲子太郎配下による襲撃から数時間。火をかけ打ち壊されていた屯所が、次第次第に片付けられてゆく。
 隊士達はみな気忙しく立ち働いている。だが男は、そんな様などまるで目に入らぬように、呆然と、ただ眼前の光景だけを見つめていた。
 患者を介抱しようとする隊医、それを拒む患者、病床に散らばる血、血、血――そして絶望の表情。
「副長殿」
 斉藤一は、眼前で膝をつく男の背に呼びかけた。予期した通り、応えはない。
 この三年間――。
 斉藤は、彼の良き話し相手だった。彼らの置かれていた状況故に、二人の間でしか話せないことも多々あった。ある意味では最も近しい立場で、斉藤は彼の話に耳を傾けていた。
 彼の心情を理解できぬわけではない。けれども、否、だからこそ、捨て置けなかった。
「副長殿」
「こうならないでくれと思っていたのになあ。土方君も、沖田君も」
 それは、返答ではなかった。斉藤の呼びかけなど聞こえぬまま、副長と呼ばれた男――山南敬助の亡霊は、誰にともなく呟いた。
 その視線の先には、血を喀く沖田と、それを見てしまった土方。命に代えて守ろうとした者達の、絶望。
「私の命は、何の意義も生まなかった」
 斉藤は何も応えない。黙したまま、彼らがそれぞれに抱えた絶望を、ただ見つめていた。




 「PEACE MAKER 鐵 油小路アンソロジー2013」投稿作品その2です。
 この話を思いついたのは、今年の春、同アンソロ企画の立ち上げを知った直後のことでした。もともとはこのような掌編ではなく、4、5000字程度の作品にするつもりでした。
 しかし、油小路篇DVDに付属する漫画を読むに至って、一度お蔵入りに。その後ピンチヒッターの「顔のない夢」を落としそうになったため、一発ネタにリメイクして代打の代打に、という経緯で出来上がった作品です。やれやれ。






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