※女性向けの性的表現がございます。ご注意下さい。



consolation




 時刻は既に深更を迎えていた。それでも、沖田はいまだ寝付けない。
 独りの夜。夜毎共寝している土方は、今夜は「所用」で外泊するという。
「沖田君」
 障子の向こうから、呼びかける声が聞こえた。耳になじんだ、優しい声。開けると、そこには予想通りの姿があった。
「山南さん……」
 つぶやくように名前を呼ぶと、常と変わらぬ穏やかな笑みが返ってきた。
「今晩は土方君がいないから、辛いんじゃないかと思って」
 その言葉に答える代わりに、黙って山南の肩に顔をうずめた。


 山南を自室に招じ入れ、障子を閉める。
 山南の言う通りだった。土方のいない夜は辛い。心も、体も。
「君は、自分じゃ上手く処理できないから」
 沖田の頬が薄紅色に染まった。反論の余地はない。普通の少年が性に目覚めるくらいの年頃を迎えるより前に、土方を教え込まれていた沖田の体は、自慰では満たされぬように出来上がっている。抱き寄せられるまま、素直に山南に体を委ねた。
 腕の中に従順に収まってきた体を横たえて衣服を解き、局所に手を遣る。少し指先が触れただけで、びくんと体が跳ねる。丁寧に愛撫をほどこしてやると、たちまち透き通った蜜を零し始めた。
 その雫を人差し指に掬い取り、それを滑りとして、内側へと指を進める。馴らされた体は、僅かばかりの異物感を伴ったのみで、すんなりとそれを受け容れた。
「んぅ……」
 切なげな声が漏れた。ただ指を挿し入れられただけなのに、触れ合った箇所から、じんわりと甘い感覚がにじんでくる。
 ゆっくりと、山南の指が動く。なるべく痛みの無いよう、決して沖田の体を傷つけぬよう気遣いながら、いたわるように撫でさする。
 充分にほぐれていることを確かめ、指の数が増やされる。沖田の中を知り尽くした指が、快楽の在り処をそっとなぞってゆく。
 それでも、貪欲な体はまだ満たされない。更なる刺激を求めてひくひくと収縮を繰り返すのが、自分でも分かる。
 土方に与えられるそれとは異なる、穏やかな悦楽。ゆっくりと時間をかけて、だが着実に昂められてゆく。
 けれど、与えられるのは優しい愛撫のみ。それがどうしようもなくもどかしい。
 欲しくてたまらない。もっとたくさん。もっと奥まで。痛いくらいに。
「くださ、い……」
 喘ぎに紛れて、乞い求める。
「やまなみ、さんを、く……んっ!」
 哀願の声は、ひときわ高くあがった嬌声に遮られた。
 有無を言わさず責め立てられる。じき、何も考えられなくなる。
 やがて、沖田の喉が、猫の仔の鳴くような、高い、細い声をあげた。


 ぐったりと力の抜けた体を横たえる。その目の前で、山南は、てきぱきと沖田の体を拭い、乱れた衣服を整えていく。山南の手に体を委ね、沖田は、ぼんやりとその様を見上げていた。
(やっぱり、下さらないんですね)
 そう思うけれど、口には出さない。
 ――山南さんを、下さい。
 かつて、山南の愛撫を受けながら、そう懇願したことがあった。だが山南は、今夜と同じに、決してその望みに応えぬまま、事を終えた後でこう言った。
 ――済まない、沖田君。その相手は、もう決めているんだ。
 予期した答え。山南に思い人がいることを、沖田は知っていた。
 ――それに……
 少し言い淀んでから、常に変わらぬ優しい口調で沖田を諭した。
 ――君を抱くのは、私じゃない。そうだろう?
 山南の言うことは正しい。沖田もそれは分かっている。けれど土方はここにいない。
 土方に通う女があることを、沖田は知っている。昔から土方はこの手合いの絶えた試しがない。今夜もきっと、思いを懸けた女性とともに、睦みあい、甘美な一夜を過ごしているのだろう。
 ならばなぜ、土方は自分を抱くのだろう。
 処理のために? 否、そうですらない。その対象には不自由しないのだから。
 その答えは、恐らくは同情。山南と同じく、憐れみ故に抱いてくれている。
 彼らの優しさに感謝こそすれ、不足に思うことなどさらさらない。「愛してくれ」などとは、口が裂けても言えない。けれど淋しい。誰からも求められない自分という存在が、ひどく空しく、疎ましい。
「眠れないかい?」
 自分を気遣う問い。けれど何も答えず、山南の夜着をぎゅっと掴んだ。頑是無い幼子のような沖田の仕草に、山南もつい、苦笑交じりの笑みを浮かべてしまう。
 その体を抱き寄せ、下敷きになっていない方の手で髪を掻き撫でてやる。まるで、父親が幼い娘をあやすように。怖くないよと、淋しくないよと語りかけるように。
「ゆっくりお休み。今夜は一晩、こうして君と一緒にいてあげるから」
 髪を撫でていた手は、次は布団の上へ。ぽん、ぽんと、ゆるやかな拍子をうってゆく。それに誘われるように、やっと微睡みが沖田の許を訪れた。そうして、淋しさも空しさも、心中に入り乱れる何もかもを、意識の届かないところへさらっていった。


<おまけ1>
 深夜に及んでなお喧噪の絶えぬ紅灯の巷。その中に土方はいた。
 傍らには、見目麗しい天神が侍っている。なよやかな手つきで酒を差しつつ、さりげなく土方にしなだれかかる。
 敵娼を務める天神はここ島原でも評判の名妓。だが土方の心は晴れない。
「どないしはったん、土方はん。そないに浮かん顔して」
 その様子を察した天神が話しかけてきた。「何でもない」と手短に否定すると、取り繕うようにその肩を抱き寄せ、盃を呷った。
 ――私を、抱いて下さい。
 真剣な眼差しで己を見上げ、そう懇願してきたかつての沖田。それを受け入れた理由は、憐憫の情ばかりであっただろうか。一時の気の迷いだと、早まるなと諭してやれなかった理由は。
 思い出すたび、苦い悔恨がわき起こる。答えが否であることは、自分が一番よく分かっている。要するに、情欲に負けたのだ。そして、何も知らない幼い子供に、道を過たしめてしまった。
「なぁ、誰のこと、想てはるん?」
 遠慮会釈無い図星に、顔をしかめた。構わず天神は続ける。
「だって土方はん、いっつも、心ここに在らずやもんね」
 女の眼が、ぞっとする程真剣な光を帯びた。
「正直、妬ましおす」
 その瞋恚の光は、彼女の稼業のためのものか、それとも――。一瞬間、そんな疑念が土方の脳裏を掠めた。だが、いずれであろうと自身にとって何ら意味をなさないその問いに、土方がそれ以上かかずらうことはなかった。


<おまけ2>
 ようやく寝ついた沖田の寝顔を、山南は飽かず見つめ続けていた。
 いとおしくてたまらない。そしてそれ故に、土方が、恨めしく、腹立たしい。
 沖田を淋しがらせることに憤っているのか。いや、それだけではない。彼が沖田にここまで慕われること、それ自体に、言いようのない憤懣を覚える。
 横恋慕というつもりはない。たとえ秘め事にあたる行為を伴う間柄であっても、沖田を恋情の対象と考えたことはない。
(ああ、まるで――)
 そんな己の心情から思い浮かぶものが一つあった。そんな立場になったことなどないけれど。
(まるで、娘を嫁にやる父親だ)
 ひとしきりそんなとりとめのないことを考えたところで、「愛娘」の隣に体を落ち着けた。痺れきった片腕を引っ込められず、さてどうしたものかと思案しながら。




 ええと、山南さんと沖田さんについては私、掛け算するより足し算したいと考えております。
 さらに言えば、濡れ場なんて苦手です。ろくすっぽ書けません。
 それなのにどうして私は、よりによって二連続で山南×沖田(R-18)など書いているのでしょう? 自分でもよく分かりません。






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