※女性向けの性的表現・暴力的表現がございます。ご注意下さい。



意趣晴らし




 夜が更け、屯所はようやく休息につこうとしていた。昼間は侵入者があったとかで騒がしかったが、さすがにこの時間になるともう静けさを取り戻している。
「山南さん」
 山南を呼ぶ朗らかな声。振り返るとそこには、予想に違わず、声の主である沖田の笑顔があった。
「ねえねえ聞いて下さい、さっき土方さんってば」
 「土方」の名――かつて友であった者の名が出るや、山南の目が眼鏡の奥で鋭く細められた。
 土方歳三。新撰組副長の地位に就いてからというもの、人を人とも思わぬやり方で、隊内を意のままに操ってきた男。
 つい嫌悪の情を表に出してしまったが、沖田が気づく様子はない。山南の内心などお構いなしといった風情で、楽しそうに昼間あった出来事を話している。その話を山南は、適当に相槌を打ちながら聞き流していた。
 自然、思考は会話とは無関係な方へと流れてゆく。沖田はどういうつもりで、自分の前で彼の話などするのだろう。あの冷血漢も沖田には優しいところがあるから仕方がないのかもしれないが、二人の仲が険悪であることは周知であるはずだ。ただ無神経なのか。それとも、自分と土方との確執は、職務上の見解の相違に過ぎず、二人の間にはかつてに変わらず確かな友情が存在するとでも思っているのだろうか。
 その純真さが疎ましい。今の自分にとっては、土方にまつわる全てが忌々しく、不快であるというのに。
 目の前で喋る沖田は、相変わらず笑っている。
 無邪気な笑顔。愛らしい笑顔。
 この笑顔を土方にも向けているのだと思うと、余計にそれが憎らしくなった。
 壊してやりたい。そんな衝動がわき起こった。壊したら、この笑顔を愛していたあの男は、どんな顔をするのか。それをたまらなく見てみたくなった。一度それぐらいのことをして、あの男の鼻っ柱をへし折ってやった方がいい、という気にもなった。
 「君に見せたい本があるんだ」。そう言って、沖田を自室に誘い入れた。沖田は、何疑うことなくついてきた。
 目当ての本が見つからないふりをして、沖田に探すのを手伝わせながら、自分は縄や紐の類を探した。とりあえず帯を出してきて、書棚に気を取られている沖田の両手をとらえ、手首を縛った。そうして自由を奪った体を引き倒し、手荒く着衣を剥いだ。
 その間沖田は、おびえるでも抗うでもなく、ただ当惑気な表情を浮かべながら、山南のなすがままになっていた。


 痛い。
 本来男を受け入れるようにはできていない体を、慣らしも滑りも与えずに抉ったのだから、当然といえば当然だ。沖田はもっと痛いのだろう。案の定、噎せ返るような血の匂いがのぼってきた。
 それでも、その行為をやめることはない。一度腰を引き、再び一気に最奥へ。それを繰り返す。腰を打ちつけるたび、血の匂いが濃く鮮明になる。
「やまなみ、さん」
 絞り出すような声で、沖田が呼びかける。
「どう、して……」
 声が切れ切れになるのは、体をゆすぶられるためか、痛みのためか。さすがに泣きわめいて抵抗するなどということはなかったが、奥を突くたび、ほんの少し眉をゆがめる。その様を見ても心中にきざすのは、沖田を憐れと思う情ではなく、奇妙な高揚感だった。
「『どうして』、か。そうだね、君の立場としては当然の疑問だよ。
 実はね、私自身にもよく分かっていないんだ。『ただ何となく』じゃ、やっぱり納得してもらえないんだろうね」
 問いに応えるうちにも、その高揚感が手伝って、次第になぶるような調子になってゆく。沖田が重ねて何か言いかけようとしたが、殊更乱暴に体を突いて黙らせた。
「そうだなあ。敢えて言葉にするなら、『土方君の大切にしているものを、滅茶苦茶にしてやりたかった』っていうところかな。
 本当は彼の目の前でやりたいんだけどね。でもそれじゃ、彼は私を斬ってでも止めるだろうから」
 高ぶりを覚えるのは心だけではない。沖田を引き裂く動きに合わせて、痛みだけでなく快楽も、身の内にこみ上げてくる。
「彼はどんな顔をするんだろうね。これだけ可愛がっている君がぼろきれみたいにされたら、ね?」
 そう言う自分はどうなのだろう。どれだけ酷薄な顔を沖田に向けているのだろう。そんなことをふと考えたその時、限界まで溜まった快楽が溢れ出した。それきり、ふっつりと記憶が途切れた。


 我に返った山南の眼前に、血と体液に汚れた沖田が倒れていた。
 零れた血が畳に滲んでいる。気を失っているのか、肩を掴んでゆすってみても、反応を返さない。力無く横たわるその姿がまるで亡骸のようで、慌てて顔を近づけると、か細い呼吸の音だけがかろうじて聞こえてきた。
 縛っていた両手を解き、身を清めてやった。それでも、汚れた畳に、鬱血した手首に、血の気の失せた頬に、痛々しい暴行の痕跡が残る。抱き起こしていた体を再び横たえようとした時、拭ったはずの内腿に新たな血の筋がついているのが目についた。
 自分は一体何をしていたのか。ただの八つ当たりを土方への報復にすり替えて自己を瞞着し、あまつさえもっともらしい名目までつけて。
 その結果が、これだ。
 目の前にあるのは、傷つき、血を流している沖田だ。
「沖田君」
 言葉が続かない。何を言えば良いのか分からない。
「沖田君」
 ただ、名前だけを呼び続ける。
「山南さん」
 幾度目かの後に、ようやく沖田が目を開き、山南の名を呼んだ。山南はそれを、断罪を受けるような心持ちで聞いた。
 だが、沖田の声音は優しい。そこに込められた感情は、恨みでも、まして怒りでもない。
 気遣うように呼びかけ、右手を山南の頬に差し伸べ、
「どうして――」
 指を、眼鏡の内側に差し入れて、
「どうして、泣いているんですか?」
 あたたかな雫が伝い零れる目尻を拭った。


「沖田君!」
 思わず、沖田の名を呼んでいた。
 自分がいるのは布団の中で、今跳ね起きたところ。そう認識し、ようやく先までの出来事は夢だったのだと思い至った。
(夢、か)
 気付いた途端に、感覚は薄れる。今の今まで自分の目に触れ、手に掴んでいた現実であったものが、何をどう思い返しても夢としか考えられない、おぼろげで現実味の無い記憶に希釈される。
 眠りながら泣いていたのだろう、目の周りが濡れている。ご丁寧に、目の脇には擦ったような感触さえ残っている。
(それにしても――)
 土方とは意見が衝突することもある。腹の立つこともある。だが、だからといって、あのように陰湿な意趣晴らしを夢に見る程、自分は彼を憎んでいたのか。まして、弟のようにいとおしんできた沖田を、そのために蹂躙し手籠めにするなど。それともそれが、自分の内面の真実だとでもいうのだろうか。
(そんな馬鹿な。夢は夢だ)
 嫌な思考を振り払うため、無理にもそう割り切ることにした。


 朝餉をとりに部屋を出ると、よりにもよって沖田に出くわした。
「おはようございます、山南さん」
 心中密かに狼狽している山南の事情などお構いなしに、常に変わらずにこやかに挨拶してくる。
「珍しいですねぇ、山南さんがお寝坊だなんて」
「いやあ、今日は何だか夢見が悪くてね」
 大丈夫。現実には何もやましいことなど無いのだし、堂々としていれば、夢のことなど分かりっこない。そう自分に言い聞かせつつ、普段と変わりなく振る舞えているかを気にしながら、沖田と言葉を交わした。
 二、三の無難なやりとりの後、沖田は、これから土方を起こしに行くと言って再び歩き出した。そして、内心胸を撫で下ろした山南の脇で、すれ違いざま、囁いた。
「私でよければ、いつでもお相手致しますよ」
 目尻を拭った指の感触が、鮮明に蘇った。


<おまけ>
「うう……ひどいよ沖田君」
「はいはい。落ち着いて」
 その夜明里は、泣きついてくる山南を夜通しなだめる羽目になっていた。
「そりゃあそもそもあんな夢を見た私が悪いんだよ。分かってはいるさ。
 でも、『だって山南さん、寝言で言ってましたもの』って……私の寝言を聞いたからって、何もわざわざあんなことを言わなくたっていいのに……」
「『あんな夢』って、どんな夢見たん?」
「言えるものかぁ〜!」
 分かりやすく赤面しながら絶叫する。秘密を自ら暴露するような反応だ。
「沖田君に悪気はないんだろうけどね。けど、黙っていてくれたら、私だってこんな恥ずかしい思いをせずに済んだのに……」
 そう言って、何度目になるかも知れぬ泣き言をまた繰り返す。
 明里は嘆息した。
(多分、違うわね)
 山南の態度からして、彼の見た夢はいかがわしい内容で、かつ沖田を対象とするものだったのだろう。そしてそれが、沖田に知れてしまった。
(ということは――)
 おそらく沖田は、故意に山南をからかったのだ。自分を相手に淫夢など見た山南に対する、ささやかな意趣晴らしとして。




 なぜか山南×沖田です。
 とんでもない組み合わせですが、久米田康治先生の「途中下車方式」を採用しているので(本当はたまたまそんな感じになっただけ)、お好きなところで読み止めていただくことにより、エンディングの路線を切り替えることが可能です。したがって、割合に安心してご覧いただけるのではないかと考えております。






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