ペットロス・シンドローム
豚を一匹斬った。
翌朝、案の定沖田がその死骸を抱えて眉根を寄せていた。その周りでは他の豚達が途方に暮れていた。
傷を見れば、野良犬の類の仕業ではなく、人が刃物で斬ったのだということは一目瞭然だろう。あるいは張本が俺だということまで、沖田になら分かるのかもしれない。こいつにとって刀傷は、筆跡も同然だろうから。
「理由ありだと言えば、また許すか? 前みたいに」
問うと、何も答えない代わりに、かつてと同じ物分かりの良い笑顔を返して寄越した。
昨日、額に傷跡のある狼を見つけた。
呼び止めようとした。けれど、そいつは俺を見るなり逃げていった。
周りに兄弟はいなかった。たまたま単独行動をとっていたのかもしれない。一人立ちしたのかもしれない。
よく考えてみれば、野犬だって似たような見た目をしているわけで、本当に狼だったのかどうかすら、確とは分からなかった。
屯所に戻ると、ちょうど沖田が豚の世話をしているところだった。そこへ副長もやって来て、二人で何やら楽しそうに喋っていた。
そのまま踵を返して、光縁寺に向かった。
副長を斬れば、あの笑顔を完膚なきまでに叩き潰せますよね。あの時みたいな訳知り顔なんて、できなくしてやれますよね。
当たり前だけど、山南さんは何も応えてくれなかった。
狼を飼っていた頃、俺は総司が好きだった。
土方さんと話している時、豚達と遊んでいる時、総司の浮かべる笑顔がたまらなくいとおしかった。飛びついて抱きしめたくなるくらいに。そしてしばしばそれを実行しては、周りから呆れられていた。
同じ笑顔が、今、こんなにも憎い。
この豚を手土産に提げていけば、あいつは戻ってきてくれるのかな。
豚を斬った時、そんなことを考えた。けれど止めにした。
たとえあいつが戻ってきても、山南さんも、この胸を満たしていた愛しさも、もう戻らない。
「新選組内ペット事情」というコンセプトで書き始めたはずが、どうしてこうなった? 平助ファンの皆様、ごめんなさいっ! |