即興二次小説投稿作品集




夜明けの友へ
お題:誰かの朝 必須要素:恋愛要素以外 制限時間:15分

 山向こうから光が差した。
 夜明けだ。この街に生きる全ての人々に、分け隔てなく今日という日が訪れる。死した俺はその中に含まれないが。
 油小路の激闘を経て朝を迎えた今、それぞれの胸中には、様々な思いが去来していることだろう。別離、悲嘆、絶望――敵も味方も、そして新撰組屯所の連中も含めて。誰しもが希望に満ちた夜明けを迎えられてなどいないはずだ。
 それでも、生きていれば朝は来る。今日という日をまた生きる。
「だから」
 俺は、油小路に残る友たちに呼びかけた。
「今は、ここから逃げろ。逃げ延びて、生きて。そして、今日も明後日も、その次も生きてくれ」
 その声が届くことはないと分かってはいたけれど。それでも、友の生存と、そして御陵衛士の再起を、祈らずにはいられなかった。


蝉鳴
お題:緩やかなヒロイン 必須要素:蝉 制限時間:15分

 しゃんしゃんしゃんと蝉の鳴く声が聞こえる。
 京の蝉の声は、東国のそれとは違っている。そんなことにふと気付いた。
 つまりは、手持ち無沙汰になったのだろう――とサラは思う。これまで日中は、決して十分とはいえぬ睡眠をとった後、稽古事にもう一つの「仕事」の手配にと、常に慌しくしていたものだ。それが今は、「仕事」の量を大幅に減らした結果、こうしてぼんやりと物思いにふけりつつ過ごす時間をとれるようになっている。
 「仕事」を減らした理由を自問した。すると、減らした理由というよりは、今までなぜかくも「仕事」を詰め込んでいたかに行き当たった。理由は簡単、幕府に与する者達が憎かったからだ。
 その憎悪が今、やはり幕府に与する側の立場にある一人の男によって揺らぎつつある。
 「仕事」を減らした。物思いにふける時間ができた。待ち人を想う時間が増えた。いつか「仕事」がなくなって、そんな風に緩やかに過ごす日々が来たとしても、それはそれで悪くない。そう思う。早く蝉の鳴く昼が終わればいい、とも。


冬の空
お題:昼の空 必須要素:醤油 制限時間:15分

 冬の空は、優しい色と光に満たされている。
 夏の空は鮮やかだけれど、日差しがあまりに峻烈で、とても眺めていられない。少し大人しい青と、心地良い日の光。こちらの下の方が居心地がいい。時折、洗いざらしの隊服になぞらえてみたくなる。
 庭に出て餅をあぶりながら、沖田はそんなことを考えていた。
 ずっとこうしていたい。そう思うが、沖田の体調と周囲がそれを許さない。寒風にさらされた体は、じきに咳という形で悲鳴をあげる。そうなれば、土方が放っておくはずがなかった。
「おい総司、中に入れ。後は俺が焼いておく」
「そうもいきませんよ。さっき鉄くんに、お醤油お願いしたんです。それをほっぽって部屋に戻るわけにもいかないでしょう?」
 土方が「あいつ、何やってるんだ?」と憤る声が聞こえた。口実にされた副長付小姓には幾分かの済まなさを感じつつも、もう少し手間取っていてほしいと願わずにはいられなかった。


穏やかな日々
お題:明るい冥界 必須要素:この作品を自分史上ぶっちぎりの駄作にすること 制限時間:15分

 私は、近藤さんと談笑していた。
 近藤さんとおしゃべりをして、時々鉢植えに水をあげて、眠くなったら寝る。そんな毎日が続いていた。土方さんはここにはいない。
 ふと、ここはどこなのだろうと思うことがある。そして周りを見回して、ああ、大坂のお城なのだと納得する。庭先では、鉢植えが綺麗な花を咲かせていた。
 話をする相手は近藤さんばかりだ。土方さんは戦に出ている。けれど同じく戦っているはずの原田さんが、いつの間にかちょくちょく顔を出すようになった。
 そのうち、藤堂さんや山南さんとも一緒に過ごすようになった。何だか引っ掛かることもあるけれど、でも気にしないことにした。私にとっても皆にとっても、そんな毎日が楽しいのだから。
 そして、そんな日々が続いて一年。私の前に、久しぶりに現れたのは――


間男と家庭崩壊
お題:12月の車 必須要素:離婚 制限時間:15分

 荷物を満載した大八車が一台、ある武家の屋敷を発とうとしていた。
「なんだ、この年の瀬に引っ越しか?」
 土方歳三は、車の様子を所在無げに眺めやっていた。
 車とともに、屋敷の奥方らしき女性が屋敷から出てきた。歳三の姿を見ると、血相を変えてそちらへ駆け寄り、すさまじい剣幕で食って掛かってきた。
「ちょっと、あなたのせいでうちの夫婦は離縁よ! どうしてくれるの!」
 ああ、ここの奥方にもちょっかいを出したことがあったか。そういえば、一度旦那に踏み込まれたことがあったっけ。などと、歳三はのんきな追憶にふけっていた。やれやれ、こっちは遊びだって言っておいたのに、勝手に熱を上げやかって。
「いいかい奥さん。俺は初めから、アンタとは遊びだと言ってあったはずで……」
「そんなことは分かっているわ! 別に夫と別れてアンタとなんて思っちゃなかったわよ!」
「じゃあなんで……」
「うちの旦那、アンタを見て惚れ込んで、そっち方面に目覚めちゃったのよ!」
 まくしたてるだけまくしたてて、奥方は去っていった。俺の男前ぶりは男にまで通用しちまったかと、妙な感慨にふける歳三を一人残して。


疑惑
お題:夜の罪人 必須要素:女使用不可 制限時間:15分

 吉田先生は、夜間、俺を館から出さない。
 出さない理由を問うと、先生は「外は犯罪者がうろついていて危ないから」という。先生の言うことはいつだって正しい。だから、それで正しいのだろう。
 けれど、ふと思うことがある。実は犯罪者は俺の方で、匿うために俺を閉じ込めているのではないか?
 昼間の“俺”は何をしているのか分からない。もしかすると、だいそれたことをしでかしているのかもしれない。
(もしそうならば、俺は――)
 “俺”を確実に仕留める方法を、俺は知っている。だが、それに考えが及ぶ頃にはいつも、“俺”へと変貌するまどろみのなかにひきずりこまれている。


ただ、助けたかっただけなのに
お題:可愛い電話 必須要素:タイトル「ただ、助けたかっただけなのに」で書く 制限時間:15分

「ねえねえ、すごいんですよ! 今ちょうど虹が出ているんですけどね。
 こう、端っこから端っこまで、全部見えるんです! さすが海の上ですよねぇ」
 伝声管越しに、明るい声が聞こえる。身振りを交えている様子までまざまざと目に浮かぶ程のはしゃぎぶりだ。
 だが、その声が陽気であればあるほど、辰之助の心は沈んだ。
「沖田さん、時と場合をわきまえて下さい。今はみんな、悲しんでいるんです。俺も、弟も」
 素っ気なく告げ、通信を絶った。
 その反対側には、少しだけ肩を落とした沖田が残された。
「こんな時だからこそ、と思ったんだけどなぁ」
 静寂が戻ってくると、今まではしゃいでいたつけとばかりに、咳が込み上げてきた。立て続けに激しく咳き込む。幸か不幸か、その音までは、伝声管の向こうには伝わらなかった。
 富士山丸が品川港に入ったのは、その翌日のことだった。


スランプの理由
お題:謎の沈黙 必須要素:2000字以上 制限時間:15分 (必須要素曲解)

「土方さんが、新作の句を作らなくなった?」
「ええ。多い時には一日で百も二百も作っちゃう、あの人が」
 試衛館の一角で、永倉と、総司になったばかりの沖田が、そんな会話を交わしていた。
「考えられる理由その一、単なる不調。その二、以前にも増してお前に見られるのを警戒するようになった」
「うーん。元からそんな大したものを作っていたわけじゃないし、前より警戒されるなんて理由も見当たらないし……。何が原因なんだろう?」
 知らぬは本人ばかりなり。年頃を迎えた沖田を前に、土方が恋の句しか詠めなくなって煩悶していることなど。


安楽への安易な捷径
お題:おいでよ狂気 必須要素:直腸 制限時間:15分

「いっそ狂ってしまえれば、楽になれるのに」
 そんな台詞をどこかで聞いたことがある。
 確かにその通りなのだろうと、鈴は考えていた。下腹部の鈍痛と、それに連なる不浄の部位の違和感は、いまだに止むことがない。
「今なら、本当にその通りだと思いますよ。
 恥も尊厳もなげうって、ただ流れのままに身をゆだねられたら楽なのに、って。ねえ先生?」
 北村鈴が、島原の揚屋で摂った食事で食あたりをおこしてから早一刻。帰路は長く、長州藩邸は未だ遠い。




 「即興二次小説」(http://sokkyo-niji.com/)というサイトに投稿した作品です。
 このサイトは、出されたお題と条件に沿って、制限時間内に即興小説を書く、というサイトです。荒行の一環として、最も厳しい拘束をつけて挑戦しておりました。
 ちなみに、制限時間内に完成させられなかったものもあり、それらはブログで公開しております。






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