※モブ×沖田で、いわゆる女性向けの性的表現がございます。ご注意下さい。



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「高嶺の花を手折ってみませんか」
 彼の許に届いた書状は、そんな書き出しから始まっていた。
「今日、一番隊が巡察から帰還してから半刻程後に、沖田先生の部屋を訪ねてみてください。
 あらがじめ沖田先生には媚薬を盛ってあります。容易く貴方のものになることでしょう」
 無論彼は、そんな与太話に飛びつく程、愚かではなかった。
(馬鹿馬鹿しい)
 ここ数ヶ月――具体的には文久三年の秋頃からか、新撰組内に、ある噂が流れていた。
 不特定多数の隊士の許に、突然、差出人不明の書状が届く。そしてそこには、本当にそんな話を信じる輩が存在するのかと怪しまれるような、胡散臭いことこの上ないうまい話が書き連ねてある。曰く、売れっ妓太夫が只で貴方の相手をしてくれます。曰く、百両を無償で差し上げます。そしてその幸運を掴むためには、若干の先行投資が必要です、と。
 当然そんなものは、金銭を騙し取るための餌でしかない。要するに詐欺だ。そしてそれを信じた馬鹿共は、借財の挙句、その筋の連中にとっ捕まったり、隊規違反の廉で詰腹を切らされたりと、悉く破滅していくのだという。
 噂の全てが実話というわけではなかろうが、複数の怪文書が出現していることは事実だ。現に彼も、書状を受け取ったという友人から、現物を見せてもらったことがある。
 書状には、いつどこにいくらの金を持ってくるようにと、指示が書かれていた。友人曰く、騙されたふりをして話に乗ってみたが、待ち合わせ場所には誰も来なかった、と。つまり、噂話に便乗した、ただの悪戯だったらしい。
 自分が受け取った書状も、そんな悪戯の一つだろう。今の自分は新撰組に身を置き、日々困難な任務に当たっているのだから、そんな戯れ事にかまけてなどいられない。穏当に考えれば、そう結論付けられるはずである。
 ただ、一点気になる点があった。怪文書のほとんどは、筆跡をごまかすためか、字がやたらに書き崩されていたりいびつだったりするという。彼が見せられたものもそうだった。だが、彼の手元にある書状は、端正な、癖のない字だ。そして誰のものにも見えない字だ。
 実のところ、興味がないといえば嘘になる。
(どのみち、沖田さんには報告することがある。帰ってきてしばらくくらいの頃合いで、あの人のところへ行くつもりだったんだ)
 彼の中で、酔狂と実益とが、都合よく両立をみた。


 書状に騙されたわけではないから、詐欺に引っかかることはないはずだ。そうは思っていても、沖田の部屋に足を踏み入れる時には、一抹の不安感があった。沖田の様子も、何となくいつもと違って見える。
 報告は簡単に済んだ。後は部屋を出るばかりである。ここまで拍子抜けするくらい何事もなく、怪文書の誘いに応じてみたという体験談を仲間内で披露するつもりだったが、どうにもつまらないものになりそうだと、多少の物足りなささえ感じ始めていた。
 障子を開け、一礼しようと振り返る。その時、沖田が額を押さえてうつむくのが目に入った。
「大丈夫ですか?」
 沖田のそばに戻った。大丈夫ですという返事が返ってきたが、そうは見えない。思い切って、今日この部屋に入って沖田の顔を見た時から感じていたことを、口にしてみた。
「沖田さん、顔、赤くないですか?」
「分かります? ごめんなさい、少し、体調が悪いみたいで……」
 今の沖田の様子からは、体に変調をきたしていることが、明らかに見てとれた。頬が赤らみ、目はうるみ、心なしか息が乱れているように感じられる。常ならば風邪などの病気を疑うところだが、あの書状を読んでいるものだから、どうにも「媚薬」の二文字が脳裏にちらついてならない。
 「もしかして」という愚かな高揚を、「そんな馬鹿な」という理性で打ち払い、さてどう対処したものかと室内を見回すと、黒い丸薬のようなものとその包み紙が、机の上に転がっているのが目についた。追い打ちをかけるように書状の内容を裏書きしてくるそれを、思わず指差していた。
「沖田さん、それ……」
「これですか? 実は、頂き物なんです。今日巡察から帰ってきたら、お手紙と一緒に机の上に置いてあって。滋養に良い薬草を混ぜ込んだ飴なんだそうですよ」
「そうですか。じゃあ、たるようなものじゃないですね」
 体調の問題に結び付けて、不自然な問いをごまかす。初め「そんな馬鹿な」の陰に逼塞していた「もしかすると」が俄然擡頭し、彼の中でせめぎ合いだした。
「熱があるんじゃないですか? ちょっと失礼します」
 検温を口実に、沖田の額に手を当ててみる。
「あー……少し、熱いかもしれません」
 すると、沖田が思いがけないことを言い出した。
「それ、気持ちいいです。すみません、ほっぺたも、触ってみていただけませんか?」
 この一言で、「もしかすると」は完全に「そんな馬鹿な」を駆逐した。
「こんなのでよければ。でも、やっぱり熱があるってことじゃないですかね?」
「そうかもしれません。ちょっとひんやりしているのが、気持ちよくって……。
 あの、もしよかったらなんですけど……他のところも、触ってもらえたら嬉しいです」
 遠慮がちに申し出る。それは、立ち入った依頼を申し訳なく思ってか、それとも恥じらいゆえなのか。
 言われるがままに、手を触れてまわった。首筋に、耳に、手に。さすがに胸元に手を差し入れる時には躊躇した。だが、「さすがに服の中までは、まずいですよね?」という問いに対して、沖田が返した「貴方さえよければ」という答えが、背中を押した。
 襟をくつろげ、裾を捲り、奥へ奥へと手をのばす。衣服ははだけられ、上も下もしどけなく乱れて、常は人の目から隠されている肌を露わにしている。沖田は拒まなかった。たとえ拒まれたとしても、今更もう引き返せない。沖田の肌が、彼の手をひき付けて離さないのだ。
 やがて、沖田の方から、おずおずとこう切り出した。
「あの……触っていただいたおかげで肌は気持ちよかったんですけど、代わりにその……今度は中が、熱くて、つらくて……
 お願いです、これ……鎮めてください……っ」
 そこから先は無我夢中だった。辛うじて衣服を体に繋ぎ止めていた帯をほどくと、一糸まとわぬ裸身が彼の眼前に晒された。
 既に開きかけていた膝を割って、秘所を暴く。昂ぶりのまま、一気にその体を貫いた。
 沖田は声をあげた。初め悲鳴のようであったその声は、次第に甘く切なげなものに変わっていく。
「ん……っ、あ……ぁん、んぅ」
 とろけるような嬌声が、耳朶をくすぐる。
 快楽に耐えるためか、縋るように彼の二の腕をとらえ、そのくせ腰は、律動に合わせて妖しく揺らめいている。奥を突いてやると、逃すまいとばかりに、両脚で腰を挟みつけてきた。
 隊中の憧憬を一身に集める高嶺の花が、今、自分の手によって、愛らしく乱れ喘がされている。その優越感が彼を有頂天にし、情交の歓喜をいやが上にも煽り立てる。
 やがて快楽の絶頂を迎えた瞬間、彼の意識は、ふっつりと途絶えた。


「お疲れ様です」
 最前までの痴態など影も留めぬ落ち着いた声で、沖田はねぎらいの言葉を掛けた。
「……そちらこそ」
 その相手は山崎烝。新撰組の内外で諜報活動に携わる監察方だ。
 沖田の上に覆いかぶさる死骸には、五つの苦無が刺さっている。いずれも的確に急所を穿っており、しかもその刃には神経性の毒が塗られている。
 姿を見せた山崎が死体をどかすと、沖田の裸身が現れた。障害物がなくなったところで、沖田は、せいせいしたと言わんばかりの顔をして、自分の下敷きになっている衣服を引き寄せ、手早く肌を覆った。その作業が終わると、山崎は、逸らしていた視線を沖田に向けて、事務的に礼を述べた。
「いつも監察の活動にご協力いただき、感謝します」
 初めに隊内に出現したのは、詐欺目的の書状だった。続いてそれを模倣した悪戯が横行し、そこに監察が、暗殺対象をおびき出すための書状を混ぜ込んだ。
 実在する悪戯の体を装っているから、警戒している者でも興味本位で首をつっこんでくる。引っかかってくれさえすれば、不逞浪士の仕業に見せかけて暗殺するよりも、よほど効率がいい。間者の連絡経路を利用して書状を掴ませ、間者を特定しつつ抹殺することもできる。
「それにしても」
 続けて山崎が口を開いた。普段必要最小限の言葉をしか発しない彼にしては、珍しいことである。視線は、いまだ身なりに乱れを留める沖田に向いている。
「なにも、ここまでしなくても」
 隠密裏に男を仕留めるだけなら、体を開く必要はない。部屋に連れ込めばそれで済むはずだ。
「知ってます? 男の人が一番油断するのって……」
上役、、から聞いたことがあります」
 それだけを答えて、山崎は死体の後始末に掛かった。沖田も、他所で身仕舞いをし直すつもりなのか、用意してあった包みを片手に部屋を出ようとしている。その時、沖田が唐突に口を開いた。
「同じ相手に惹かれているからではないですか?」
 山崎が、怪訝な顔をして振り向く。
「いえね、『なんで同じことを考えてるんだ?』って、思われたんじゃないかと思って」
「当たらずといえど遠からずです」
「おや、大当たりではありませんでしたか。残念」
 そう言ったきり、さっさと出て行ってしまった。後に残された山崎の脳裏を、もう一度同じ感懐がよぎった。
 ――やはり、この人は彼女、、に似ている。




 2017年当時流行していたキーワードから思いついた話。こんなタイトルで現代パラレルじゃないというのはなかなかレアだと思う。






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