※ピスメ2本・ドリフ2本の掌編です。



掌編集 1




◎PEACE MAKER 鐵

<百年の桜>
 満月の光が差して、桜をほの明るく照らしている。
 土方の部屋からよく見える位置に、桜の木があった。先年植えたばかりの吉野桜である。屯所の桜の中でもひときわ美しいそれを土方は愛し、折々の慰めとしていた。
 その桜を、今は沖田が眺めていた。土方は文机に向かっている。
「綺麗ですね」
 陶然と呟く。無論、返答を期待してはいない。
「もし、私が死んだら……」
 花を賞でるのと同じ調子で、唐突に切り出した。その意味を解するのに、土方はたっぷり瞬き数回分の時間を要した。
「死んだら、あの桜になるんです。そうしてずっとあなたのそばにいて、あなたに見てもらって……」
「馬鹿野郎」
 つい語気が荒くなった。取り繕うように、的外れな揚げ足取りを入れた。
「もうあそこに植わってるもんに、今からなれるわけねえだろう」
 「無粋なことを言いますね」と口をとがらすかと思った沖田はしかし、莞爾と笑って振り向いた。
「百年、待っていて下さい」
 消え入りそうに儚い表情と、裏腹にきっぱりした口調で、そう言った。
「それまでに、あの桜は生まれ変わります。そしたら、私があの桜になるんです」
 百年を待たずして、桜の木は立ち枯れた。後には染井吉野と名を変えたかつての吉野桜が植えられ、程無く、前の桜と見紛うばかり、瓜二つの枝振りに育った。その頃には、この桜を最も美しく見ることのできる部屋も、既に主を変えていた。


<guardian>
 稽古の帰りしな、沖田と二人立ち寄った副長室に、土方はいなかった。その代わりに招かれざる珍客の姿を見つけた。
(あ、黒猫)
 直後、耳障りな金切り声と右手の痛みを知覚した。そして、そこから竹刀が無くなっていることを。
 その竹刀は、今は沖田の手に握られていた。最前黒猫がいた場所に一葉の文書が落ちているのを見て、鉄之助はようやく事態を理解した。
「ああ、猫が書類を」
 沖田が、文書を持ち去ろうとしていた猫を見つけ、鉄之助の竹刀を奪って成敗を加えたのだ。結果、猫は叫び声をあげて逃げ出し、文書の無事は守られたというわけだ。
「でもさ、猫に悪気は、ホラ」
 「悪気はないんですから、かわいそうですよ」。言いさした言葉を、中途で呑み込んだ。振り向いた沖田は、いつか見た“鬼の子”の目をしていた。
「猫に悪気はなくても、他の誰かにはあるかもしれません」
 敵を見る目。一切の感情の介入を許さず、ただ冷徹に対象を仕留ようとする目。
 彼が何のためにそんな目をするのか、今なら分かる。“守るため”、刀を執ることを選んだ今なら。


◎ドリフターズ

<alone in my room>
 辺りには誰もいなかった。
 自分がいるのは居住用らしき石造りの建造物で、裏手に井戸がある。近くには森があり、小さな獣や鳥がいて、木の実も採れる。小川まである。生命を維持するには幸い過ぎるほどの環境だ。
 取り敢えず身の落ち着け処と決めた一間に腰を下ろした。途端、石の床から這い上る冷えのように、それ、、が浸み込んできた。
 ここには誰もいない。この身を蹂躙する者も、犯してきた罪業を知る者も。己を脅かす者は何もない。
 誰もいない。自分は、一人。


<アタラクシア>
 開城されたガドルカから逃亡した兵達は、近隣の砦に援軍を求めに向かったところで、一揆勢の追い討ちを受けた。
 敗残兵の殲滅は熾烈を極めた。しかも実質的に働いたのは与一一人、自分達はただスペアの矢を運んだだけという状態だった。
 与一は生き生きと動いていた。以前の残党狩りでの不安気な表情も、先刻ほんの一瞬見えた泣き出しそうな笑顔も、今は見る影もない。
 全てを終えたところで小さく「与一さん」と呼ぶと、彼は振り返り、
「ほら、豊の敵はもういない」
 そう言って、うっとりと笑った。
(ああ)
 今まで見てきた中で一番凄絶な笑みを前に、心中嘆息する。
(やはりこの人は、綺麗でおっかない)




 タイトルの出典:鈴木あみ「alone in my room」・rhu「アタラクシア」






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