※ピスメ2本・ドリフ3本の掌編です。



掌編集 3




◎PEACE MAKER 鐵

<疑念>
 山南敬助の「切腹」から数日が経った。屯所の廊下を歩いていた藤堂は、一人の同僚に行きあった。
 沖田総司――彼にとっても山南にとっても、かけがえのない仲間であった青年。そして山南に引導を渡した人物。
 沖田は常に変わらず愛想よく挨拶してくる。山南が死んで何程も経たないというのに、もう沖田は笑っていた。故人が末の弟のように愛し慈しんだ、この介錯人は。
 ――アレは切腹なんかじゃなかったのよ。
 秘密めかして告げられた言葉が脳裡をよぎる。
(だったら……あれが切腹じゃなかったっていうんなら)
 そして、一つの疑念を導出する。
(「介錯」は、一体何だったんだ?)
 目の前で、まるで無垢な幼子のような顔をして笑う同僚を、縊り殺したい衝動にかられた。それを制したのは、朋輩に対する情愛ではなく、得体の知れぬ化け物に相対しているような、闇雲な怖れだった。


<TOOL>
 物言う之定。
 土方の命のままに人を殺す沖田は、いつしか土方の佩刀に因んでそう呼ばれるようになっていた。
 その呼称が変化したのは、山南敬助の切腹の後のことであったか。
 謂く――物言わぬ之定。
 その蔑称が、通りすがりに土方の耳に飛び込んできた。
 今しがたすれ違った隊士の一団を振り返った土方を、傍らの沖田がやんわりと制した。
「事実ですから」
 沖田本人に止められては、土方もとりあえず振り上げた拳を下ろすしかない。
 ――沖田の隊務を減らすべきだろうか。
 以前から土方が考えていたことだ。
 内外から沖田に向けられる怨嗟。それがつのっていけば、いずれ沖田の心はおろか、命まで危うくなる。それに、沖田はこのところ体調を崩しがちだ。激務を課して無理をさせるべきではない。
「なあ、総司――」
「土方さん」
 彼の思考を読んだかのように、沖田がそれを遮った。
「私は、貴方の刃です」
 人の道を外れようが、他人から蔑まれようが、土方からさえただの人殺しの道具として扱われようが、構わない。それで土方の役に立てるなら本望だ。
 愛されなくていい。血の通った人間として扱われなくてもいい。
 けれどどうか、どうか――
「忘れないで下さい。道具は、使ってもらえないのが一番かわいそうなんです」
 道具にとっては、それが全てなのだから。
 その理由は告げぬまま、沖田はただたおやかに微笑んだ。


◎ドリフターズ

<Tell me why>
「なぜあの老人を射た?」
 八段先の小舟に立てた扇を射抜いてみせよ。成功を讃えた老兵をも射殺せ。命じられるまま、それらを仕遂げてきた少年を出迎えた主の第一声が、この問いだった。
 貴方様の命ではございませぬかと言い募ろうとするのを遮り、主は重ねて問う。
「外すこともできたよね、お前の腕ならさ。あんなもん普通は当たらないんだから、外して射掛けときゃそれで命令こなしたことになるんじゃない? お前の名誉を犠牲にすれば、だけど」
 少年の顔が、面白いくらいに強張っていく。
「要するに、そういうことだよね」
 弓を持つ手を、箙の矢が音を立てるほどに戦慄かせ、見開いた目は頼りなく光を弾いて、その向こうの瞳を揺るがせている。
「ねえ、お前、ちょっとでも喜ばなかったって言い切れる? あの、お前の手柄を寿いだ爺さんに矢が命中した時にさ」
 無礼も忘れて主に背を向け、その場を駆け去った。嬲るような嘲笑が、遠ざかる背中を追い討った。


<Face of Faith>
 新たな文字体系が組み上げられると、早速亜人達への教育が始まった。
 最も熱心なのは土方だった。正規の講義とは別に、調練が終わった夜間に希望者を集め、読み書きを教えていた。
「やめときなよ、そんなこと」
 授業を終えた土方を、器用に片側だけの口角を吊り上げた、歪んだ笑みが迎えた。表情も口調も、相手を小馬鹿にするようなそれだ。
「役目だ」
 寡黙な男は、ただ一言それだけを答えて背を向けた。正確な情報伝達は軍隊に不可欠である。したがって教育も兵卒の訓練の一環である。言外に込められた意味はそんなところだろう。
「懲りないねぇ」
 変わらぬ調子で、独り言とも皮肉ともつかぬ言葉を吐いた。
 兵士達は、彼らにとって恩師でもあった土方を慕った。そして誰よりも忠実な兵となった。彼らは、土方の命には必ず従った。たとえ土方が指揮を停止し彼らの戦列を離れていようとも。
「ね、だから言ったろ?」
 ヴェルリナから帰還した土方を出迎えたのは、やはり相変わらずの歪んだ笑みだった。


<しねばいいのに>
 胸に衝撃を感じた。気づいた時には地べたに倒れ伏していた。胸部の激痛を自覚し、意識が朦朧とし始めたところで、己がまさに死なんとしていることを理解した。
 話に聞く走馬灯の類は見えなかった。ただ、自分達を死に追い遣ったあらゆる者に対する憎悪が、胸中に渦巻いていた。
 憎い。新政府軍が憎い。薩長の志士とやらが憎い。その頭目の毛利と島津が憎い。俺達を見捨てた幕府が、将軍が……朝廷が、天皇が憎い!
 けれど、俺が本当に憎んでいたのは――
「憎いのでしょう?」
 唐突な問いが思考を遮った。戦場であるこの場にはあまりに不似合いな、可憐な少女の声だ。力を振り絞って頭を上げると、真黒な西洋服を纏った少女が眼前に立っていた。
「憎いのでしょう、貴方と、貴方のお仲間を虐めた皆が。人間なんてものが。世の中の全てが」
 答えを待つことなく、少女は手を差し伸べた。
「おいで、世界から見捨てられし君」
 嫣然とした笑みに吸い寄せられるように、その手をとった。中絶された思考の先は、それきり思い返すことはなかった。




 タイトルの出典:SOUND HOLIC「Tell me why」・ALiCE'S EMOTiON「Face of Faith」・KAITO「しねばいいのに」






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