Sylphide
ねえ、土方さん。
見て下さい。桜の花を見つけたんです。
見つけた時はもう、うれしくってうれしくって。だから土方さんに見せたくて。さすがに咲いているのを摘み取ってしまうのは可哀想だから、少しだけ散っていた花びらを集めてきました。
でも私、失敗してしまって、途中で手のひらからこぼれてしまったり、ころんでばらまいてしまったり。だから、残っているのはひとひらだけなんです。ごめんなさい。けれど、拾った中ではとびっきりのなんですよ。
もう三月の終わりなのに、この時季に桜なんて、初めて見ました。びっくりです。
あ、そういえば土方さん、今年は全然桜を見ていないでしょう。花どころじゃないのは分かりますけど、たまには息抜きくらいしなくちゃだめですよ。
せめてこのひとひらだけでも楽しんで下さい。とっても綺麗ですから。
――ほら。
かすかな風が頬に触れた。
ちらちらと身を捩りながら落下する白い薄片に気づき、土方歳三は咄嗟にそれを手のひらに受けとめた。
そっと摘み上げ、見直してみる。片端に沁みた紅が針の頭位の一点を留めて淡く広がり、僅かに切れ込んだもう片端までをほのかに色づけている。
(……桜?)
それは、桜の花弁だった。
少し凋れかけてはいるものの、指先に触れる感触は未だ瑞々しく、それが作り物でないことを判然と伝えてくる。確かめるように鼻先に近づけてみると、感じ取れるか取れないか程のあえかな匂いが鼻腔に届いた。
(馬鹿な)
土方は訝った。今、彼がいるこの箱館五稜郭には、そしてその周囲には、桜の花など咲いてはいないのだ。
「どうしたんですか、副長?」
驚きが表情にまで出ていたのか、若い兵卒が声をかけてきた。ひょいと土方の指先に摘まれているものを覗き込む。
「桜ですか。なんでまた、こんなところに?」
「分からん。……多分、風にのって運ばれてきたんだろう」
土方にも、そうとしか説明のつけようがない。しかし、そうだとしたら、風は一体どれだけの距離を越えて、このひとひらを土方の許に届けに来たのだろう。
「風の悪戯、ってやつですかねえ」
この純朴な兵卒の柄に似合わぬ気取った言い回しに、土方は苦笑した。
「気障なことを言う」
「副長の影響です」
兵卒も笑って言い返す。それに微笑で応えながら、風の来た方を見遣った。見えもせぬ風の姿形に目を凝らすように。
――ね、綺麗でしょう?
再び吹き始めた風に紛れて、亡き友の声が聞こえた気がした。
初めまして。そしてお読みいただきましてありがとうございます。 本作は、もともととある作品のおまけとして書いた小品です。のっけからこんなネタで恐縮ですが、お楽しみいただけましたなら幸いです。 |