※『新選組血風録』に依拠する設定がありますが、違っているところもあります。ご承知おき下さいませ。



the second best partner




 先の御一新から経ること数年。京洛の裏社会では、悪漢連の暗闘が人知れず繰り広げられていた。
 その抗争に巻き込まれる形で、彼は志々雄真実の手に落ちた。結果、その部下である瀬田宗次郎に附属させられることとなった。
「初めまして。僕は、瀬田宗次郎といいます」
 彼の新たな主となるべき少年は、にこやかに初対面の挨拶を述べた。彼の反応は冷ややかなものであったが、一向気に掛ける様子もない。
「でも意外ですね。てっきりあなたは、志々雄さんのものになると思ってた」
「ふん。散々手こずらせてやったからな」
 主と認めぬ者に従うつもりなど毛頭ない。志々雄は、徹頭徹尾頑なな態度を和らげようとしない彼に手を焼き、宗次郎に丸投げしたのだ。
「ふうん。じゃあ、僕は認めてもらったってことでいいのかな?」
「……何故そうなる?」
「だって、僕、そんなに拒絶されてる気はしませんよ? ホラ」
 そう言って手を差し出された。細い、けれど剣士らしいしっかりとした指が彼に触れる。
「これから、よろしくお願いします」
 差し当たり彼の使役者となる少年は、ぺこりと頭を下げた。


 瀬田宗次郎は、かつての主に似ていた。
 まずは容貌が――その童女のような可憐な顔立ちが似ていた。次に表情が似ていた。主も宗次郎も、常に笑顔だ。何がそんなに愉快なのか、いつ見てもあどけない顔に楽しそうな笑みを浮かべている。人を斬る時も笑っている。笑って人を斬り、そのくせ恐ろしく腕が立つところまでそっくりだ。
 おそらくは内面が瓜二つで、それが外観に表れているのだろう。主は、いつでもどこでも、何に対してでも、「楽しい」と感じていられる人間だった。宗次郎もまた、彼の知る限り、「楽しい」としか感じていない。
 そして、これ程似ておきながら、二人は違っていた。どこがどう違うとも捉え難いが、芯のところで違っている。例えば、同じような金色の像であっても、片や奥底から混じりっ気のない輝きを放つ金無垢で、片や目を凝らすと貼り重ねた箔の向こうに濁った鉛の色が透いて見えるような、そんな類の違いだ。
 宗次郎が言った通り、彼は宗次郎に従うことを選択していた。それは一つには宗次郎に主の面影を見出したからであり、一つにはこの違いに多少なりとも興味がわいたからだ。
(存外、悪うはないやもしれぬ)
 前主を喪った後、そんな風に思える人間に出会ったのは、初めてのことだった。


 これまで、彼は長い歳月を送ってきた。けれど真に生きたと言えるのは、そのうちのほんの四、五年程であったように思う。
 ある時は強欲な人間達の間を転々としていた。ある時は暗い神殿の奥で眠るように時を過ごしていた。
 在ろうが亡かろうが一つ事。欲にまみれた手で彼に触れる人間にも、果てのない無明と静謐と無為にも倦んでいた。
 ある日、彼は主に出会った。
 これまで見てきた人間達と違い、主の手には、一切の欲が感じられなかった。そんな人間は、それまで主ただ一人だった。
 彼は主に仕えるようになった。後世の文豪が八重桜の花びらと譬えた美しい姿とは裏腹、彼は苛烈に働いた。斬った敵の数は百を以て数える程だ。彼は幸せだった。主もまた、彼の傍で笑っていた。
 数年後、主は、病であっけなく死んだ。
 あんな人間はまたとないのだと思っていた。そして、主の死によって自分は再び、生きているとも死んでいるともつかぬ命に戻るのだとも。
 だが、彼の前には瀬田宗次郎が現れた。
 宗次郎の手は、二度とは巡り会えぬと思っていた欲のない手だった。彼に触れられて感じたのは、懐旧の情――切ない、けれど甘やかな、過去に対する思慕だった。
 だが、宗次郎は主ではない。どんなに似ていようとも、主は主、宗次郎は宗次郎だ。そして主はもういない。
「七百年」
 ぽつりと声に出した。
 それは、彼が経てきた歳月。そして彼に向けた主の言葉。今まで生きてきたのと同じだけ、また生きろというのだ。欲を持たぬ無垢な主は、たった一つ、ただそれだけを望んだ。
 だから彼は生きている。望む者が消えた望みに意義はない。けれど、意義が消えても理由は消えない。だから、一切の意義を失った命を、まだ繋ぎ続けている。
 死ぬ意義があれば、自分は死ぬのかもしれない。そう考えたこともある。だが、亡き主を措いて自分にそれを与えられる者がいるとは、到底思えなかった。
(おそらくは、こうして甲斐のない命を長らえてゆくのだろう。あるいはその「七百年」が経ったら死ぬのだろうか)
 そんなことばかりを繰り返し考え続けていた。


 それは、他愛のない雑談の中でのことだった。彼は宗次郎に「何か欲しいものやしたいことはないか?」と問うた。すると宗次郎は「何もない」と答えたのだ。
「つまり、なれには欲がないというわけか?」
「あはは、それじゃあなんだか僕が悟りでも開いちゃったみたいだなぁ。
 違いますよ。僕はただ、足りないものがないだけです」
 相変わらずの笑顔でさらりと否定した。
「ならば、嫌なことはないのか? あるならそれを避けることを望むだろう」
 少しむきになった。意地でもこの少年の欲求を引きずり出したくなった。同時に、それでもやはり答えは変わらず「ない」であることを確かめたくもあった。
 ところが、それを問われた宗次郎は、ぽかんとした顔をしている。まるで、彼の理解や認識を遥かに超越した概念に出くわしたように。しばらくして、
「何だろう? 嫌なこと、嫌なこと……」
 二度、三度とその言葉を繰り返し、そのまま黙り込んでしまった。彼もまた、それ以上問い詰めることはできなかった。もし迷いなく「ない」と答えてきたならば、「では死ぬこともか」と返してやるつもりだったのに。
 おそらくは、この時気づくべきだった。主ならば、少しだけ考えた後、いつもの調子で「うーん、その『嫌』っていうのがよく分からないや」とでも答えたであろう、と。


 破局は唐突に訪れた。
 宗次郎が、ある腕の立つ敵と戦うことになった。それ自体には何の問題もないが、その時に交わした会話が、これまで意識の表に出ることのなかった、宗次郎の幼少期の記憶を喚起したのだ。
 彼を握る手を通じて、宗次郎の思念が伝わってきた。養家から虐待を受けていたこと、彼らに殺されかけたこと、返り討ちにしたこと――そして、人を殺めたことへの悔恨。
 この時、ようやく分かった。宗次郎は、この悔恨を抱えて生きてきた。笑って人を斬りながら、殺したことを悔いていた。たとえ人を斬る時でも、しんから楽しんでいた主とは違う。
 そして宗次郎は、悔恨を自覚しながらもなお、相手を斬らんと敵に向かっていった。
 ――殺シタリナンカ シタクナカッタ
 幼い宗次郎の声が聞こえる。
「それが、汝の真の望みか」
 宗次郎は答えない。けれど、記憶の中の宗次郎の涙は、それを肯定した。
 彼はもう何も問わず、敵の刃を受ける刹那に我が身を砕いた。欠片は一瞬間光を弾いて散り、畳の上にはたはた落ちて、それきりしんと静まり返った。やがて、その場に居合わせた者達の耳に、宗次郎のか細い喘ぎが聞こえてきた。




 「持ち主の気持ちをよく汲んでくれる いい刀だぜ」
 という比古師匠の台詞に想を得たものです。
 「集えるろ剣ファン!! カムバックるろ剣ファン!!」企画参加作品です。






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