※一部に「その翳、離れがたく繋ぎとめるもの」と齟齬をきたす内容がございます。ご容赦下さいませ。



voyage




 船に乗ろう。
 いつか一緒に船に乗って、海に出て。そうして海の向こうの国を見よう。
 いつか、いつか、夢を叶えたその日が来たら――


 甲板に西日が差している。
 この日は航海の最終日だった。船は明朝漢堡ハンブルクに入港する。止め処なく寄せる波や薄濁りのした藍の水色など、世界を半周する長旅の間に見飽いた旅客達だが、やはり名残りが惜しまれるのか、数人が甲板に出て海を眺めていた。
 その中に一人の東洋人がいた。年の頃は若く、日本の婦人が着用する小袖を着ている。日本から派遣された留学子女の一員だ。
 手摺にもたれ、他の客達と同様に残映に照り輝く海を見つめていたが、しばらくすると手に提げていた包みをほどき始めた。出てきたのは小壺と黒髪の束。出国前に朋輩から託されたものだ。
(まったく。宗ちゃんってば一体どうやってこんなもの持ち出してきたのよ。
 片方はこっそりアジトに取りに戻ったんだろうけど、もう片っ方は……警察署の誰かさんが手引きでもしたのかしら?)
 それが何であるかは聞かされていた。遺骨と遺髪――二人が共に知る人物と、彼に所縁の人物の亡骸だ。明言されたわけではないが、彼らがどういう間柄にあったかは何となく知れた。そしてそれらをどうしてほしいかも。
 髪束を掴み、渾身の力で手摺の向こうへ放り投げた。続けざま小壺の中身を水面にぶちまけ、ついでに壺も放り込んだ。
「Bon Voyage!」
 覚えたてのフランス語で叫ぶ。この苦界を後にした二人に贈る、はなむけと祈りの言葉を。
 Bon Voyage. 彼方の地へ旅立ったあなた方へ。どうか、良き旅路を。


 ――船は好きか?
 ――うん、好きだよぉ。おフネ、いいよね〜。
 ――船に乗ったことは?
 ――ないよぉ。あたし、山育ちだもん。
   でもいいよねぇ、水面をユ〜ラユラ♪




 「集えるろ剣ファン!! カムバックるろ剣ファン!!」企画参加作品です。
 まだ「炎を統べる」の単行本が出ていない時期に書いたので、華火の設定が小説版と少し違っています。
 方治×華火小説一番乗りを目指してみたのだけれど、どうだろう?






戻る

inserted by FC2 system